No.25/Vol.25 「おうちへかえろう」

「おれがね、『ねぇ竜次、ばばちゃのとこさ帰るべが』って言ったら、『わぁい、またポケモンジェット乗れんの?』って。喜ぶんだよ、あいづ。夏に沖縄さ行った時、乗ってらすったげごきげんだったでね。今にして思えば、なんが子供っぽくてええけどさ。おれがこんげ苦労すてねい、なしてこら笑ってられんだ?って、へだて正直ムカついて、ぱちくらわすてやろかとも思ったよ。やんなかったけどね。都合良かったしね。ポケモンジェットはおろか飛行機乗ってくカネとか無がったから、大宮から夜行で帰ったんだけども。駅の売店でポケモンジェットのおもちゃ買ってやったら、それで騙されてくれて良かったけどね」

 あたしと祐子は、ガード下のトンネルの排ガスのススに汚れた壁に背もたれるように、地面に腰を下ろしている。時折、段ボールをたくさん積んだリヤカーを引いてホームレスが通り過ぎる以外には、人も車の通りもほとんどない。この時期だと夜が明けるにはまだ1時間ほどかかるだろう。
 祐子はさっきから、黙ってあたしの話を聞いてくれている。あたしが祐子と話をする時は、たいていそんな感じだ。
 あたしと祐子の間には、二人で飲み終えたワンカップの空き瓶が5〜6本、きれいに並べて置かれていて、そのうちの1本に祐子は近くの駐車場で水を汲んで来て、それを灰皿代わりにタバコをふかしている。
 祐子がまだマイルドセブンを喫っているということは、まだ前の男を吹っ切れていない証拠だ。もう1年も過ぎたというのに。

「最近、帰ってなかろう?ていうか、ちども帰ってねんけか。・・・村な、相変わらずやしよ。清水っておったねが、あれにおうたでや。駅でばちくりおうしてさ。市内の高校に通っとるて言いはなんで、昔とそんげ変わっとらんのよ。なんが羨ましがった。ちっとも子供のまんまでさ。なんが、羨ましがった。そんげ思うたのは、初めてだね」

 あたしもタバコを取り出すと、祐子は何も言わずに火を点けてくれる。あたしが喫うのはピースライトで、その理由は祐子と同じだ。大きく深呼吸するように煙を吹き出すと、別れた男の匂いがする。

「もう、本気で疲れでおってさ。いわしまく「男なんて男なんて」って言いながら、まだ誰かを好いてもおった。毎度、毎度のことなで、結局それの繰り返しでさ。今度が本気だったってわげじゃねぐで、いつもおれは本気のつもりで、だど今度がいつもと違ったのは、竜次のことでしょう。・・・正直な気持ち、子供育てるのツライって、そんげにせん思えなぐなってて。
 ・・・竜次はめんけいでさ。おれに似でりしところがね。だど、最近、そんがなぐ目の感じとか、あごの形が、父親さ似でるのかえやって感じるようになった。大きくならねどハッキリと分からねんだろうども、大きくなってから気付いたら、よげに怖い気もすっけどね。まして、あの人と別れてしばらくは、昼間とか同じ店の子に預けてて、ミコちゃんって言っておれの後輩なんだども、歳とか全然上で、悪い子じゃねしども、さばにし嘘つくクセのある子で。そのせいか、なんがやかおれの言うこともの信用せんたらびや気もすて、それがら。そんげのって、さばにし気分良くなかろう?」

 あたしは思わず吹き出してしまう。

「あー、しょっしい。すったげ言葉さ変わるね、やっぱね。時々、出るんだよね、お客さど話しでら時とが、『さばにし待ってて』とが。客とかポカンとしてらこさい。おかせーどねぇ・・・」
「店の方はいいって?」
「ああ・・・こんげ夜が明けたら、辞めるって言っで来る。・・・どっちさせろ、今は普通の日は朝番にしてもらってて、9時から3時までなんだども、お金にすっと全然違うから。お客も少ねし。・・・借金のこともあっから、夕方、どっかの店で働くことも考えたども、そのへんのキャバクラじゃねい、保育園の月謝でトントンになってしまいなんで。
 保育園、バカになんねど。朝から晩までのとごろだと、月に20万も持っでぐから。保育園のない日は店も休まねばなんねし、休んだら休んだで、どっか連れてけとかって言いはなるし。前はそんげねことねがったんだがね。おどなしくてさ・・・」

 祐子は昔から責任感の強いところがある。小学校の時には何度か委員長とかもやっていて、それはたいてい祐子自身の意志ではなかったのだが、それでも与えられた役割だけはきっちりやり遂げるようなところがあった。
 だから祐子は店のことを訊ねたのだと思う。
 そしてあたしは、これから話さなければならないことのために、気が重くなる。

「ごしゃがらねで聞いてけれ。・・・隠せんげなことで言うけど、本当は竜次と一緒に死のうと思って、帰ったんだ。んでね本当は、竜次さ殺して、おれもその責任とるべさ思ったんだよ。おればっか生きたところで、それでまだ辛い思いするなら、おれも死んだ方が良いと思ったんだよ。・・・どでしたべ?」
「・・・いいや」
「・・・だから、村へ着いたはええども、家へは顔を出さねえまま、山の、小安峡の方に入ったんだ。竜次と二人で。どうやって死のうどか考えてさねがったけど、なんでか山に入ったんだよね。
 今の時期だで、もう紅葉がまんぱいで、栗駒温泉から来る観光客とかも多ぐてさ、どんぐりやシメジもおって、竜次も最初のうちははしゃがらこさぐし、それもやっぱりおれには気に入らなくて、おれは何もしゃべらねで歩いたんだ。そのうち、竜次もこえーかろうで、何も話さねぐなって、でも、おれに必死に着いて来よってさ。
 おれもどんげせばえが分からねまま歩いて、気がちたら、頂上まで来ちゃっててさ。展望台のベンチさ腰ひっかけて考えることさすた。竜次はその間もじっとこ黙っとりあして、おれの横に座って、うつむいたまんまでね。
 もうゆんべさ来よって、鳥海山も見えで景色がきれいでさ。ただ、見でたら逆に空しくなってね。最後だで神様がきれいな景色見せたらんべかなって。余計なごとすなって、さばにし思った。もう、何げも頭に入らなくなってばしゃろうね。
 竜次のね、へながを最初はこう、さするようにしてね、そのうちに、首のところで、ゆっくり手を止めて・・・」

 あたしは祐子の顔をうかがう。その顔には、やはり険しさが漂っている。

「ごめんな、こんげ話さすて。聞きたぐなかろう?」
「ううん。みどりはそんな事できないって、あたしは知ってるからね」
「そっが・・・。祐子はなんでもお見通しだね。・・・竜次がね、いぎなり持ってたポケモンジェットのおもちゃさ谷の方に投げたんだよ。そんでおれにこう言うんだ。『ポケモンジェット乗らなぐていい』って。『おうちさ帰ろう』って。・・・訛っとったんだよ。おれと同じようにさ」

 辺りは少しだけ明るくなって来ている。トンネルの端から少しだけ空が切り取られて見える。

「竜次はそのまま、家さ預けてけた。・・・母ちゃも何も言わずと面倒みてくれよらがでさ」
「もう、こっちには戻らないの?」
「そだね・・・。まだ、未練はあっから、あの人のこと。警察が見つけらんねものを、そんげ楽に見つけられるとも思えねども、探すつもりではいるよ。向こうで待づつもりでおる」
「あたしも、気にかけとくよ」
「本当は石夫(いさお)って言うんだよ。でも、名字が渡瀬だからって、みんなから『ツネ』って呼ばれでら。変だらべが?」
「そうだね」

 今日、初めて祐子が笑う。
 いつの間にか、通りは行き交うトラックの数が多くなっている。乾いた風が巻き起こるたびに、冷たさが足下から押し寄せて来る。
 また、寒い季節になる。故郷の人たちは、もう冬支度を始めている。

「じゃあ、そろそろ行ぐね」
「うん」
「身体さ気づけて。何かあんねば、電話せばええがら」
「・・・みどり」
「うん?」
「みどりはね、あたしにとって一番近くにある、ふるさとだったよ」
「ふるさとは、いづも優しいよ。出て行く者にも、帰って来た者にも、わけへだてなぐ優しいよ。んが、疲れたれば、戻ってけねが。帰って来てええねが、祐子」
「・・・わがった」

 祐子は地面に並べた空き瓶を、持っていた紙袋の中にきれいに片付けると、わざと駅とは反対方向に歩き出す。その背中から「しゃっけー」という言葉が聞こえて来る。
 あたしはそんな祐子の弱いところを知っているから、いつまでも祐子のふるさとでいようと思う。

[この物語はフィクションです]


TOMY / mini-pullback "POKEMON JET"


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