No.21/Vol.20 「ストーキング・ハイ」

「それって、もしかして『ストーカー』ってやつ?」
「分かんない・・・イタ電とかは無いし、もしかしたら勘違いかもしんないけど」
「ふぅん・・・でもさぁ、ストーカーにつきまとわれるのって、ちょっといいよね」
「何言ってんのよ、あんたも毎日アトつけられてごらんよ。だいたい、むこうの目的わかんないんだから」
「えぇーっ?でも、基本的にストーカーって、あれじゃないの?歪んだ愛情っていうか・・・」
「歪んでるから問題なんでしょ」
「そうかぁ・・・でも、あたしにはちょっと羨ましいかなぁ」

 本気で、そう思っていた。
 たとえ歪んでいようと、正しくなかろうと、愛は愛だから。
 むしろ、そういう一途な思いの方が、純粋で、誇り高いもののようにも思えて・・・。

 マヤは、私がいまでも神津さんを思い続けていることを知らない。いや、神津さんから一方的に別れを押し付けられたことすらも話していない。それだけは、たとえ親友といっても打ち明けられなかった。
 親友だから、かもしれない。親友じゃ、ないのかもしれない。
 たぶんマヤがそのことを知ったら、私にとても優しくしてくれるだろう。うまくいっていない康平くんとの関係をきっぱり断って、失恋の痛みを共有してくれそうな気もする。少なくとも、今まではそうだった。
 でも、それが許せない気持ちでいるのは、それで私たちが対等にはなることは決してないからだ。さっぱりした性格のマヤは康平くんを忘れることができるだろう。でも、私にはそれは出来ない。出来る自身がない。

「でも、本当に大丈夫?しばらくでいいんだけど・・・とりあえず、ハッキリするまでっていうか」
「ううん、ぜんぜん平気。寮って言ってもアパートみたいなものだし、見回りとか点呼とかあるわけじゃないし。そんなことしたら夜勤の人とか怒っちゃうじゃない?それに、オトコ連れ込んでるわけじゃないから、バレても大したことないって」
「ほんと、ごめん。人形には触らないから、なるべく」
「ほんとかー?」
「あ、ちょっとだけ触るかも。触らして、ちょっと」
「ダメだって!それ、とっとき用なんだから!」

 私はマヤと親友でいるために、マヤといつも対等でいたかった。だから、話せない。どうしても。

『もしもし、輝美です。今日は夜からなんで、ちょっと会えないかなぁと思って。留守みたいだから、少しだけ待ってます。世田ヶ谷通りのジョナサンにいるので、もし帰ってきたらケータイに電話下さい』
『もしもし、輝美です。お仕事、大変そうですね。市販の栄養ドリンクは身体に良くないから、もし、そういうの必要だったら連絡下さい。煙草もなるべく1日1箱ぐらいにして、部屋の換気にも充分気を』
『もしもし、輝美です。もしかして病気か何かになってるんじゃないかと心配になって電話してみました。死んでるんじゃないですか?死んでたら返事して下さーい、なんてね。あはははは。もし体調とか』
『もしもし、輝美です。私もケータイの番号、変わりました。ピンクのやつ欲しいなぁって思ってたから、あたしもIDOのに替えました。今度からメールも使えますんで、よろしくー。番号は、090−』
『もしもし、輝美です。部屋の電気ついてるように見えるんだけど、消し忘れかな?電気代ってけっこうバカにならないので、ちゃんとして下さい。戸締まりはしっかりしてるのにね。とりあえず、ジョナ』
『もしもし、輝美です。こないだ観に行った映画のこと、もうちょっと話したかったので電話しました。すごく面白かったから、もう1回観たいなって思ってたら、もうビデオが出てるみたいなんで、次の』

「この電話番号は、現在使われておりません。もう一度番号をお確かめの上・・・・・」
「もしもし、輝美です。夜勤明けで帰ってきて、朝からお弁当作ってました。哲也の好きなキンピラとコブ巻もあるから、冷めないうちに食べて欲しいと思ってます。ジョナサンにいるんで、電話して下さい。えーっと、ケータイの番号変わったのは知ってるよね?もしもし?」

 また今日も、神津さんには会えなかった。お父様が亡くなる前後、彼はほとんどの仕事をキャンセルしたというから、今はそれを挽回するためにも大事な時期なのだろう。彼は私に別れを告げたけれど、実際のところ、私にはそれが彼の本意とは思えなかった。彼は思いつめると周りが見えなくなるタイプの人間で、こういう状況の時に器用に振る舞えたりしないことが、私には分かっていたからだ。
 だから、私は彼を見守ってあげよう。私にできることはそれだけだ。

 寮に戻った私は、玄関のドアが開いていることに気付いた。私はてっきりマヤが帰って来ているのだと思って、二人分のお弁当が無駄にならずに済みそうだとホッとした。でも、部屋の中は暗いままで、マヤの気配は無い。ベランダに面した窓が開け放たれていて、ぴゅうと冷たい風が頬に触れた。
<マヤのやつ、買い物にでも行ったのかな?
 灯りをつけた瞬間、私の目に飛び込んで来たのは、部屋中に散乱した私のコレクション−人形たちだった。ガラス窓の付いた飾り棚から全ての人形が畳の上に放り出され、まるで土足で踏みつぶされたような泥のついた足跡が残されていた。そして、その真ん中あたりに、まるで見せしめるように無惨なかたちをさらけ出された人形があった。
 買ったばかりで、まだ箱から出してもいなかった「ミスジェニー」だった。先日マヤが冗談混じりに触ろうとしたものだ。シックなメイド風の黒いドレスに、可愛いバニー耳のついたトイザらス限定のジェニーで、一目惚れしたそれを私は大事に箱のまま飾ってあったのだ。
 それが痛々しく引き裂かれて、ただのビニールと布に変わっていた。人形だから関節から引き抜いたり戻したりは簡単に出来るし、私たちもたまにやったりする。でも目の前にあるそれは、関節を無視して腕の途中や胴体をタテに裂くようにバラバラにされていた。おまけにおそらくその行為に使ったであろうナイフが、畳の床に突き立てられて残されていた。
「ひどい・・・マヤ?」私は引き裂かれたジェニーの前に座り込んで呟いた。
 ナイフはよほど深く畳に食い込んでいるのか、座った位置からでもその刃を半分ほどしか見ることができない。抜こうと思ったけれど、怖くて触ることができなかった。
 その時、また私の頬に風が触れた。揺れるカーテンの向こうから、「くくくっ」という軽い咳のような笑い声が聴こえた。
 !
 私が驚きの声を上げる前に、黒い人影がカーテンをたくし上げて部屋の中に入り込んで来た。
「おともだちか・・・」男はつまらなそうにそう言い捨てた。
 黒い長袖のTシャツに黒いジーンズ、そして黒くてゴツいブーツを身に付けたその男は、それ以上に濃く見える黒髪に太い眉毛と褐色の肌を持っていた。襟足を短くして前髪を垂らしたヘアスタイルには、明らかに私より年少の雰囲気がある。顔だちはすっきりしていて、どこか人形のようでもあった。ただ、その暗さをまとった全身の中で、二つの瞳だけがまるで電球を仕込んだようにギラギラと光を帯びていた。もちろん、どこか異様な、常人にはない眼の輝きだ。
 私はゆっくりと向かって来るその男を避けるように、座った姿勢のままいつの間にか後ずさりしていた。それに気付いたのは、背中が壁に着いて、もう後が無いと知った時だった。
 男は私の姿を面白がるように微笑みを浮かべたまま、私に顔を近付けて来た。
「真山恭子に近付くな」
「何・・・あなた、何なのよ?」
「・・・・・・」
「マヤ・・・真山さんのこと、好き、なの?」
「・・・・・・」
「あたしね、あたし、何となく分かる、そういう気持ち。だから、あなたのこと、伝えてあげてもいい。真山さんに・・・」
「・・・くっくっくっ」
「えっ?」
「さすが、ストーカーだけのことはあるよな」
「何言ってるの?」
「知ってるんだぜ、全部。あんたが勤務時間外に何をやってるか・・・。俺もあんたの気持ち、分からなくもないよ。どうやらジコチューなところは同じらしいからな。だから、これだけは言っておく。真山恭子に近付くな。真山恭子の近くにいれば、あんたも痛い目に合うことになる」
「ちょっと待って。何なの、それって?マヤに何か恨みでもあるの?」
「恨みか・・・よく考えたら、無いな」
<狂ってる・・・?
「恨みがあるのは、別の人間・・・真山恭子の、最もそばにいる人間だ」
「それ・・・もしかして・・・康平くんのこと?」
「・・・くっくっくっ」

 ドキドキしていた。
 こんなにもあからさまな怨念、殺意にも似た感情を、私は初めて目の当たりにした。そしてそれは、思いのほか愛情に似ていた。
 目の前にいるその人を、だから私は不思議と怖いと思えなくなった。胸の高鳴りを、もしかしたらこれは別の何かなんじゃないかと思い始めていた。つまり・・・
 見つめていた私から視線をそらして、彼はナイフを畳から抜くと、無言のまま立ち去ろうとした。私の思いは、言葉になるより先に行動になった。私は彼を、背中越しに抱きしめていた。
「何をする!?」
「お願い、待って。一緒に居て」
「やめろ、離せ。何のつもりだ!?」
「分からない。けど、あなたに行って欲しくないの。もう少しここに居て」
「そうやって、真山恭子の帰りを待つつもりか!?」
「違うの。そうじゃない」
 私が腕の力をゆるめると、彼も同時に身体の強張りを解き、私の方を振り返った。不意に近付いたその目に、心なしか優しさが感じられた。そのとき私は、私の中に生まれた感情に、ようやく名前をつけることができた。
 それは「恋」だった。
「・・・勘違いするな。俺にはそんなつもりはない。あんたには関係ないんだ。・・・人形のことは謝るよ。ごめん」
「そんなこといいの。どうでもいい。ただ、私、あなたのことを何か知りたい。あなたは私のこと知ってるんでしょう?・・・このことは誰にも言わない。マヤにも言わない。だから教えて、何でもいい。せめて名前だけでも教えて」
「・・・ハスヌマ・・・蓮沼亮」

 私はマヤに、またひとつ秘密を隠した。もう、親友には戻れない気がした。

[この物語はフィクションです]


TAKARA / "Miss. Jenny" special body


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