No.19/Vol.19 「量産」

「骨とうとかとは違うけど、オモチャって言ってもそりゃあ古いものだったり、人の手を渡って来たものだから、色々と怖い話もあるにはあんのよ。因縁っつーか怨念っつーのは、いつの時代も変わらないもんだから。そういう『いわくつき』の品物ってのは、長年やってるとなんとなく分かるんだよね。売る方も早く売りたいだろうから、値段のこともうるさく言ってこないしさ。だから、私んとこもそういうのはパーッと売っちゃうわけ。安い値札付けて、こういうイベントとかで」
 奇声を上げて、その二人連れのOL風は身を引いた。無論、話を振って来たぐらいだから、まんざらそれが嫌ではないのだろうが。
「そのモモレンジャーも、他のとこよりは安いはずだよ。『いわくつき』かどうか、私が喋るわけにはいかないけどね」

 結局、私はその二人連れにモモレンジャーのミニソフビを売ることができた。値段はいつも店に出している時より若干引いてはいるが、相場を知っている人間なら、むしろ高いと思う金額でだ。さすがに『5人揃って』はじめて価値の出るものだけに、単品ではなかなか売れにくい。
 こうしたトイ・イベントでは、その道のマニアよりもむしろ古玩具に対する知識のない素人目当てに出店するディーラーが多い。目玉をいくつか持っては来るのだが、そういうのは開場前か、始まってすぐの時間に売り切れてしまう。だから、午後ともなると暇を持て余すばかりで、早々に切り上げて畳んでしまうディーラーも少なくない。
 その例にもれず、私の店も、午後に入ってからの売り上げはさっぱりだった。切り上げたい気持ちは山々だが、これまで倉庫として使っていたアパートを秋には引き払わねばならないため、できるだけ在庫は減らしておきたい。
<2時を過ぎたら、値段を少し下げてみるか・・・
 そう考えていた時、私はその声を聞いた。

「もっと怖い話をしましょうか?」

 その声の主を、私は確認することができなかった。
 ブースの前には先程の二人連れが居た時から品定めをしている、銀縁の眼鏡をかけたいかにも生真面目そうな男が一人いるだけだったが、男の注意は陳列棚にしか行っている様子はない。私に話しかけたとは思えなかった。
「欲しいのあったら、言って下さいね。安くしますから」
 私はお決まりの台詞で声をかけたが、男はそれにすら無関心であるようだった。
<じゃあ、さっきの声は誰が・・・?
 私が隣や後ろを振り返って見ていると、男はその不意をつくように私に話しかけてきた。
「『インプットマグナム』はありませんか?」
「え?あぁ・・・えーと、どんなのでしたっけ?」
「『ビーファイター』の銃ですよ。こう、テンキーが付いてて、数字を入力して・・・」
「あぁ、あれね。あれは、置いてないなぁ。あ、そのへんのはね、向こうに『てんぷく屋』ってブースがあるから、そっち見るといいよ。『椎名の紹介だ』って言ったら、ちょっとは安くしてくれるから」
「そうですか・・・」
 男はそう呟くと、私が指差した方とは反対に向かって去って行った。

 2度目に男が現れたのは、おおかたの商品の値札を書き換えて一段落した、それから1時間ほど過ぎた頃だった。
「この『ケイタイザー』、もう少し安くなりませんか?」
「あぁ、また来てくれたんだ?でもほら、さっきよりも値段、下げてあるでしょ」
「でもこれ、こんな値段じゃ売れませんよ」
「ははは、そりゃ厳しいなぁ。いや、うちは確かにこういう新しめのやつは苦手なんだけどさ、でも相場とかは色んな店と連絡取り合って知ってるし、それ踏まえた上で、もっと安くしてるしね」
「じゃあ、このへんの商品に関する『いわく』も知ってて、この値段なんですね?」
「『いわく』って言われても・・・あぁ、さっきの話?いや、あぁいうのは、確かに人の手を渡って来たものだったらあり得る話だけど、このへんのはホラ、ほとんどがデッドストック、新古品だから。在庫がそのまま残ってたやつだから、心配いらないでしょう?」
「それが、あるんですよ。例え誰の手にも渡らずに、一度も箱から出されていないとしても」
「いや、そんなことはないでしょう」
「これを、作った人間の『いわく』だとしたらどうです?その『いわく』が大量生産されて、出荷されてたとしたら・・・?」

「・・・・・
 元々は、『インプットマグナム』から始まってるそうです。そのテンキー入力で効果が変わるギミックを実現するために、一人の中年技術者が雇われたそうです。
 彼は別のアーケードゲーム会社で電子基盤の設計技師として働いていたそうですが、そこが業績不振で倒産して、開発チームごと移籍するかたちで、この玩具会社に再就職したのです。その頃の玩具は、ただの『光る、鳴る』といった一辺倒のギミックから脱却するために、多くの電子機械的な要素を求めていた。もちろん、彼の起用もそのためだったのでしょう。
 彼が手掛けることになったのは、数種類のキー入力に対して、光と音で独自の反応を示すギミックのための基盤製作でした。基盤とは言っても、玩具に搭載するわけですから、そこにかけられるコストは微々たるものです。当然、専用のICを設計したり、部品の点数も減らさなくてはなりません。
 けれど、その制約に対して、企画サイドから求められるアイデアの数は膨大に増えていったのです。当初の予定では数種類だったものが、数百にも及ぶコマンドとして仕様に盛り込まれました。その中には、ほとんど冗談で作られたとしか思えないようなものがあったとも言われています。「893」と入力すると、いわゆるヤクザの声で「なんじゃコラァ!」と叫ぶ、とか・・・。
 それでも彼は必死で設計に努めたといいます。その開発の中では、多くの特許的なアイデアも盛り込まれたそうです。
 彼にとっての悲劇は、それらの仕様を余すところなく盛り込んだ設計が完成し、いよいよ生産されるという段階になった時に起りました。
 それまで苦労に苦労を重ねてきた仕様が突然キャンセルになり、当初の予定通り数種類のギミックのみを生かすことになったのです。はっきりとは分かりませんが、それだけのコマンド群を取り扱い説明書に書き切れない・・・そういったつまらない理由からだったそうです。
 彼はその知らせを、実際に基盤の生産を行うマレーシアで受け取りました。
 その翌日、彼はIC工場の浄化水槽に身を投げて、自殺したそうです。
 その後、出回った『インプットマグナム』には、彼の設計した新基盤が使われることはありませんでしたが、いくつか不審な動作を示すことが発見され、一時期回収騒ぎにもなったそうです。

 実は、この話はそれで終わりじゃないんです。

 『インプットマグナム』がヒット商品となったことを受けて、次々に似たような商品が開発、発売されました。その中で、件の新基盤を使おうという話になったのです。発案したのは、その年に主任になったばかりの若い企画マンでした。彼はよほど実績が欲しかったのでしょう。それまで誰もが忌み嫌い、触れようとしなかった新基盤に着目し、それを用いて携帯電話型の玩具を企画したのです。それが、『ケイタイザー』です。
 もちろん先と同様の理由で、いくら仕様として反応を多く盛り込んでも、子供が覚えられなかったり、説明書に書き切れないことは明らかでした。彼はそれを逆に利用して、購入者にそれを探し出させるというアイデアを提示したのです。いわゆる『裏ワザ』的なものですが・・・。そのアイデアは高く評価され、企画は動き始めました。
 ところが、いざ調べてみると、肝心の新基盤の資料がほとんど残っていなかったのです。開発者の怨念を恐れたのか、それらの大半は処分されていました。そこで彼は、試作品を含む設計書と資料の残っているマレーシアへ単身渡ったのです。
 確かに資料は残っていましたが、それらはたった一人で製作されていたため、解読にはかなりの時間を要しました。慣れない海外での生活や、現地技術者とのコミュニケーション上のトラブルが相次ぎ、開発は遅れるばかりでした。
 その一方で、彼はもう一つ別の理由で頭を悩ましていました。
 彼には当時結婚して間もない妻がいたのですが、ある時期を境に、彼女と連絡が取れなくなってしまったのです。
 それまでは1日に数度、多い時では2時間おきに国際電話をかけていたそうです。彼が心配症で、妻の不倫を恐れていたというのもあるんでしょうが、実は彼女は妊娠していて、要するに二人分の心配をしていたわけです。
 彼は同僚に頼んで彼女の所在を確認させたのですが、家には不在で、行方が分からなくなっていました。
 開発が遅れているため、おいそれと日本に戻るわけにいかなかった彼も、ようやくそこに至って「家庭」を選んだのでしょう。彼はすぐに帰国しました。
 そして知ったのです。妻が既に死んでいたことを。
 彼女は彼からの電話を苦痛に思っていたようです。それがマタニティブルーと重なって、実は流産していた。故意かどうかは分かりませんが・・・そして精神的に病んでいた彼女は、自らの命も断ってしまっていたのです。
 彼は葬儀を終えると、再びマレーシアへと発ちました。そして、彼も帰って来ませんでした。
 ・・・・・」

「だから、彼の家の電話番号を入力すると、彼がずっと留守番電話に入れていた『リョウコ、どこへ行った?』という声が聞こえたり、子供の出産予定日を入れると、赤ん坊の鳴き声が聞こえるらしいんですよ・・・」
 さすがに私もちょっと気が滅入っていた。おそらくどこかのバカが作り出した噂話なんだろうが、人の死がどうのと言われると、やはり気持ちのいいものではない。
「でも、そんな噂、聞いたことないですからねぇ・・・」
「噂じゃないんですよ・・・。実は、彼に頼まれて奥さんの様子を見に行ったのは、僕なんですから」
「え?」
「実は今度、同じような企画で『Vモードブレス』という玩具を開発することになったんですが、それで僕もマレーシアに行くことになったんです。その前に、もう一度確認しておきたくて・・・。彼の怨念がまだ残っているのか・・・。実は会社にも、このへんのサンプルは何一つ残っていないんですよ」

 私は結局、ほとんど投げ売りに近い値段でそれを売った。
 今にして思うと騙されていたのかもしれないが、むしろその方が気が休まる。

[この物語はフィクションです]


BANDAI / "KEITAIZER"


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